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【シャーマニズム】台湾のシャーマン(童乩・タンキー)と私:第七章

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※事務所を出たらこんなことやってました。

すぐ近くの意誠堂からおいでになったのかな??

意誠堂は私の事務所から徒歩1分程度の所にあり、

金運に関わる廟で知られています。

 

今年も残り後2日な件。

あっという間に2016年が過ぎて行きますね。

昨日の大掃除のお話は、

今年も大勢の方に読んでいただけたようで、

大変嬉しく思っております。

 

フィールドワークもどきが無くなった私は、

結局、年末年始もお仕事ということになりました。 

今日も午後から愛知県の方へ行ったのですが、

小牧市のイルミネーションがとっても綺麗でしたよ!

illumi.walkerplus.com

 

小牧のこのイルミネーションは、

車で通り過ぎた時には、

ただ可愛いキャラ物かと思っていたのですが、

なんと「狐の嫁入り」がテーマだということで。

小牧市にある小牧山付近には、

狐に化かされた等の民話があり、

その中でも有名な吉五郎という狐の話を

テーマにしたものなのだそうです。

(もっとも吉五郎のこの嫁入り話は創作民話だそう)

 

大晦日の夜、狐は王子稲荷に集まり装束を改めるといふ。

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狐と年末というと、

歌川広重の王子稲荷の絵を思い出しました。

昔FBでシェアしていたので、それをこちらにも。

 

王子稲荷は古くは岸稲荷と呼ばれていたそうですが、

江戸時代は狐火でかなり有名な所だったのだそう。

関東の棟梁とされた社で、

江戸の民の人気一番でもあったのだとか。

 

なんとなく、年末最後まで

不思議の世界に触れさせてもらってる気分です。

 

 

■台湾シャーマンシリーズ:目次■

(1)温故知新というけれど、過去をさっぱり捨てようとしたら、

           逆に見つめ直すことになった件。

 (2)【シャーマニズム】台湾のシャーマン(童乩・タンキー)と私:第一章

 (3)【シャーマニズム】台湾のシャーマン(童乩・タンキー)と私:第二章

 (4)【シャーマニズム】台湾のシャーマン(童乩・タンキー)と私:第三章

 (5)【シャーマニズム】台湾のシャーマン(童乩・タンキー)と私:第四章 

(6)【シャーマニズム】台湾のシャーマン(童乩・タンキー)と私:第五章

(7)【シャーマニズム】台湾のシャーマン(童乩・タンキー)と私:第六章

 

シャーマニズム】台湾のシャーマン(童乩・タンキー)と私:第七章

 

翌日の夜、私とTさんは再び正義宮を訪れた。

時刻は前日と同じ22時30分。

廟には昨晩と同じような顔ぶれの人々が

既に大勢集まっていた。

 

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※実際の正義宮の様子。昼の写真だが、今見てみても、

私が商店と間違えたのも仕方がないと思う佇まい。

 

廟の入り口をくぐるとすぐ、昨夜教えられたように、

13本の線香を求め火を点けたものを手に持ち、

一筆書きのルートで巡りながら

神様を拝拝(パイパイ)し回っていく。

それが終わると次は一旦表へ出て、

真っ赤な神様用の紙で挟まれた金紙を

金爐で焚き上げる。

 

この廟は小さい廟な為、

金爐もまるで少し大きめの灯油缶かのように小さい。

通常は束のまま放り入れれば良いのだけれど、

この爐で同じようにすると

燃える前に火が消えてしまいそうだった。

そこで、一枚づつ丁寧に、炭状になった金紙の上へと

ゆっくり投げ込んでいった。

暗い夜道の中で金爐からぱちぱち飛び散る火花と、

立ち上る炎がまばゆく回り照らしながら、

踊るような奇妙な影を立ち上らせていた。

 

 

その炎の熱で私の顔が炙られるうちに、ふと何故か、

幼い頃の正月準備をしていた年末を思い出した。

あの頃の年末は今とは違い、

キリっとした空気に包まれていたものだ。

私はチラチラと雪が舞う寒い中、

実家の庭に用意された簡易竈の火の番をしたものだった。

あの頃、私の家にはお正月というと、

4,50人の人がやってきて、家中人だらけになった。

その為に、年末は、やってくる客人の為に

布団を干し、座布団を干し、100以上の湯呑みを洗い、と、

大人たちは毎年大わらわである。

そんな中、子供の私はただ邪魔になるばかりで、

身の置き所なく、仕方なしに餅つき用のもち米を蒸す

竈の火の番をして居場所にしていたのだった。

 

何段にも積み上げられた蒸籠から

蒸されたもち米の甘い香りが漂い、

吐く息は白く、深い緑の葉に紅色の花が映える山茶花

大きい柔らかい雪のつぶ、そして焚付の燃えるにおい・・

なぜか年末の台湾で、私はそんな遠い日の事を

急に思い出していた。

 

今は、台湾にいて。寒いどころか暑いのだけれど。

 

(なんて遠くへ来たのだろう)

 

物理的な距離の遠さより、

流れた時間が連れてきた「今」に対して、

なんともいえないような気持ちが湧いてくる。

 

 

そんな事を考えながらも100枚が焚き上がる頃には、

爐はごおごおと炎を巻き上げ、

夜空へと僕色の煙を激しく噴き出していた。

この煙に乗って、お金が神様へと届けられているのである。

 

 童乩の回りを囲む人々。

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 ※台湾語でこのような言葉がある。

「一个童乩、一个桌頭。」

(tsi̍t ê tâng-ki, tsi̍t ê toh-thâu)

または簡単に「童乩桌頭」(Tâng-ki toh-thâu)。

(画像/出典)https://www.thenewslens.com/article/33086

 

「こっちへ来なさい」

 

そう声をかけられ、私達は、

祭壇の左隣の隙間に、おとなしく並んだ。

これを「開壇」という。

 

前日と同じように、童乩は小さな座布団に座り、

やがてどんどんと激しい降神状態へと移っていった。

自身の体があちこちにぶつかって怪我をすることなど

まったく頓着していないような童乩のその動きに対して、

さりげなく傷を負わせないように

ジャージの二人組が寄り添っている。

このジャージ二人組も、昨夜廟で見た、

あの理工系風男性と茶髪の性格のきつそうな女性であった。

 

この二人の事を以前私はアメブロで、

「サポーター」と書いていたのだが、

2016年の今では、彼らは恐らく、

「桌頭」と呼ばれる人だったのだろうと考えている。

 

「桌頭」は別名「案頭」とも言い、

元々は机で筆記をする人の事を指す言葉であるが、

一般的には神憑りになった童乩の、

言葉や身体で示すことをその場で解読解釈し、

神の意思を人々へと伝える通訳者の事を言う。

 

なぜ桌頭という存在が必要なのか。

 

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※台湾の古い習俗を残す離島金門島忠義宮での祭礼の様子。

中心の男性が童乩で手前のオレンジの服の男性が「桌頭」。

(画像)http://blog.sina.com.tw/5568/article.php?pbgid=5568&entryid=591395

 

 

それは、神が降りた童乩の言葉は特別な物であり、

一般の人間に童乩が何を話しているのかわからない為だ。

 

邸さんの口から出ているそれの響きは、

台湾の言葉がわからない私なりに、

台湾語に似ているように思えた。

しかし、その一方これは

人間の話す言葉ではないと思った。

そう、私は「異言」なのだと感じ取ったのだった。

【シャーマニズム】台湾のシャーマン(童乩・タンキー)と私:第六章

 

 第六章の「ミエナイ世界と異言」の項では、

当時の私が童乩の発する言葉を聞いて、

人間の言葉ではない「異言」だと、

そう感じ取っている様子を書いている。

 

2016年の私は、

これまで多少現地の方が書かれた物に目を通してきた結果、

あの時私が感じ取ったとおりに、

童乩は常人が使わない言葉・・・

「神の言葉」を話しているということを知っている。

童乩の口から出る言葉は、ものの本によれば、

「鳥が話すかのようであり、天の言語のようであり、

つまりは神國の言葉であるから常人には何を言っているのか

さっぱり理解ができない_ということなのだ。

童乩は、その言葉を私達にわかるように

通訳してくれる存在なのである。

 

桌頭・・その冷徹な視線と広大な知識の元で。

桌頭になるのは、なかなかにハードルが高い。

最も重視されるのは、才知鋭く、

正確に物事を洞察できる能力を持っている事で、

なおかつ、通常の学問に通じているのは勿論のこと、

儒教道教仏教の三道に通じていなくてはならない。

場合によっては桌頭が、目的に応じて、

ハーブや補薬を相談者に与えることもあるという。

つまり、現代医学や漢方的知識などにも

ある程度の造詣が深くなくてはならないという事だ。

 

聡明な桌頭は、その状態について

人間の手や意思や行動によって改善できることなのか、

神への問いかけの助言を手伝いをしたりする。

このように、非常に重要な役割を担うのが桌頭であり、

逆に言えば、彼ら無しでは託宣を受ける事は出来ない。

神が降りても、それを通訳する人がいなければ、

誰にもなにもわからないのだから。

 

そして童乩の回りには、桌頭の他、「薬生」「助手」などが

手伝いで控えていることもある。

これは、廟の大小の差か、主祭神の差か、

地方の差で変化するのかもしれないが私は未確認である。

 

現代の日本のスピリチュアル界隈では、

神霊的存在とアクセスと通訳について、

1人の人間で行うことが一般的に行われており、

台湾のように、一種の分業システムのようになっているのは

珍しく感じる人もいるかもしれない。

そもそも、現在の日本のスピリチュアル世界では

完全な憑坐という状態になるという人のほうが

少ないのではないかと思う。

故に、それをコントロールしたり、

通訳するような人をセットで用いる必要があまりないので

このような形式を取ることも少ないのだろう。

 

 

しかし、世界全般に目を転じつつ、

過去の歴史へと目を向けてみると、

憑坐とは別にコントロールする人がいるということは、

極めてよくある話であるように思う。

また、日本でもスピリチュアルではなく、

一部宗教等の中において現在でも、

似たようなシステムが生きている。

普通の初老のおじさん邸さんが、童乩へと変貌する。

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※保生大帝興民安宮の例

この例では求問者が右側になっているが、

私の場合は左側に控えていた。

神像の並び位置は基本的には同じだが、

各神命はこの図と同一ではない。

保生大帝は医療の神であり、神命では中級位の神という。

 

神が降り始めた童乩は、

げえげえと大きく激しいゲップを繰り返しながら、

右へ左へとふらふら歩き回る。

この状態を「起童(關童)」と言う。

 

まるで幼児が壊れかけたおもちゃをふりまわしているように、

上半身と下半身がばらばらになりかけているかの如く、

童乩の身体は大きく大きく揺れ動く。

映画マトリックスの主人公よりもはげしく

のけぞり、かと思えば斜めの方へ倒れ、

雷に打たれでもしたかのように痙攣したかと思うと、

再び逆へと大きく傾き、飛び上がり、更に激しくまたのけぞる。

邸さんの四肢は、酔っ払っているか、または

脳の命令を完全に無視してそれぞれに意思があるかのよう。

それは明らかに尋常な動き方ではなかった。

再び完全に神が降りたのである。

 

そしてまるで昨日紅色紙に書いた私達の氏名住所を

歌うかのような不思議な声で言うと、ともに、

神様語を話し始めた。

それをその脇でジャージ男子改め桌頭が

どんどんと紙へと書き留めていく。

それを「著童(上童)」と言う。

 

目の前で次々と起こることに対し、

私は、あっけに取られていた。

 

それまで童乩といえば、腹掛風の童らしい独特の衣装を

身につけるものだと思っていたのだが、

裸の大将風の邸さんは、 昨日と同じで、

びろんびろんにのびた下着のランニングに、

青っぽい半ズボン、そしてビーチサンダルなのだ。

その辺から自転車でやってきても違和感はまったくない。

 

それが、私が拝拝をしているわずかな時間の間に、

この小さな廟の中は、

ジェットコースターで一度に冥界へ下るかのように

一気に異界へと様相を変えてしまった。

今思えば、邸さんが、あまりにも普通の人に見えたからこそ、

その変化の急激さにショックを受けたのかもしれない。

 

日常と非日常がこんなにも同じ場所にあって、

その両方に片足づつ乗せている、

そして少しでも気を抜いたら、

非日常の中へ転落して戻ってこれないとでも言うような、

そんな奇妙な緊張が私の心のどこかに生まれかけていた。

 

そう、今起こっていることは、演技などではない。

”神”が降りているのだと、私にははっきりわかったのだった。

 

「私はお金を貰ってもいいのでしょうか」

神様に何でもいいからひとつ質問しなさいと突然言われたら、

あなたは何を質問するだろう。

昨日突然質問を言わねばならぬ状況に置かれた私は、

最初なんにも思いつかなかった。

そして、結局「工作(仕事)」と書かれた紅紙に丸をつけた。

考える時間が2分程度しかなかったので、

考えて書いたというわけではなかったけれど、

だからこそ、自分の心がそこに出たのだと思い、

前日はそんな己が恥ずかしくて、

自分で自分をボコスコに殴りつけたかった。

(そのあたりの心の動きは第六章で書いたとおり。

【シャーマニズム】台湾のシャーマン(童乩・タンキー)と私

:第六章 - 霊能者 火水ハヌルの全方向スピリチュアル

 

仕事の事とざっくり書いたけれど、

つまりは、私の質問の中心点は、

「私はカミサマ事でお金をいただいて良いのか」

という点に尽きた。

 

私のような職種だけでなく自営業ならば、

もしかしたら多くの人が通る道なのかもしれない。

そう、私は自分がこの仕事でお金をいただくことに、

抵抗感を持っていた。

何よりも自分に対して強い疑念を抱いていた。

 

これは単なる妄想なのではないか。

人を騙しているのではないのか。

いや、コールドリーディングなのかもしれない。

いやいや、そんな高度なことではなくて、

全て単なる「まぐれ」当たりという、

それだけのことなのではないのか。

宝くじの当たりだって答えられやしないのだ。

 

10年15年相談に乗ってきても、

その結果がそれなりに出ていても、

自分で自分にOKを出すことができなかった。

自分について、いったい何がOKで何が無しなのか、

比較するということの頼り無さだけが身に沁みて、

ただオロオロとしながら何年かが流れていっていた。

かと言って、他の仕事に就こうとするたびに、

立つ事もできないほどの激しい体調不良に襲われて、

これはいったい巫病の続きなのか、

単なる精神疾患なのかと、

その何年かは自問自答を続ける日々でもあった。

 

シャーマニズムにあまり関心の無い方には、

一般的に巫病は、成巫の際に起こるもので、

一度シャーマンになってしまえば、

もうそれで終わりという認識があるかもしれない。

しかし、アジア全域の中では、

シャーマンがシャーマンの仕事から離れようとする度に、

激しい頭痛や高熱など体調不良や、

思いも寄らぬ出来事に襲われると言うシャーマン達がいる。

実際、台湾でもそのような話を後々に耳にした。

 

だからこそ、一度、この道に入った私でも、

もしももしも、これが私のせねばならぬことであれば、

それを止めて他の仕事に就こうとする時、

そのように激しい不調が起こるのかもしれないと

考えたのであった。

そして、もしそれが巫病であるならば、

まさにそれこそが、私がこの道で生きていく事が

許されている何よりの証拠でもあるのだから。

 

だが、これが巫病なのかどうなのか、

それを判定してくれる人はいなかった。

まして、そのような事を考えるということそのものが、

「せねばならぬ」という、何か水戸黄門の印籠のような、

そんな何かを欲しているだけではないのかと、

ただ言い訳を正当化したいだけの

卑しい人間である証拠ではないかと、

再び自分を疑い悩む材料を増やすことになっていった。

 「せねばならぬ」などという

まるで使命とかお役目とでもいうような考え方が、

勘違い甚だしいという事だけは、

その頃でももう十分にわかっていたのだから。

 

霊能者とかスピリチュアル◯◯とか・・ホントに無理だと思っていた。

 

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※中国広州市の扶乩の様子。別名扶鸞。

神を降ろして砂の上に描いた文字や図形から

桌頭が神意を読み解く。

三股になった枝などがよく知られているが、

筆を使う場合もあり、人数も二、三人で行う場合や

1人で行うものもある。

(画像)http://www.chinagonet.com/forum/view_post.php?pid=2567884

 

それでも・・・・・。

私は二人の子供を育てるシングルマザーで。

普通の人と同じように、子供の服や学用品を購入したり、

家賃を払ったりする生活費が必要で、

霞を食べて生きているわけではなかった。

 

さらに言うなら。霊能者だなんて。

いや、スピリチュアル・カウンセラーにしても。

 

(そんな胡散臭い仕事、恥ずかしくてたまらない。

人に言える仕事のほうがいい・・・。)

 

そう思う気持ちが消えることはなかった。

 

考えてみて欲しい。

学校から渡されたプリントの親の職業を記入する欄に

霊能者だのスピリチュアルなんとかだの、

顔を赤くしないで書くことができるだろうか。

三者面談の時に、先生から、

「えーと、お母さんは・・・

スピ・・スピリ・・・?」と言われて、

堂々と胸張って「前世見えるんですよ♡」なんて

言えるだろうか。

 

少なくとも、この当時の私にはまったく無理だった。

いつか、息子の進学や就職の際に、

親の職業を聞かれたらなんて答えたらいいんだ・・

将来子供が好きな人と結婚したい時、

親がこれじゃ反対されるかもしれない、などと、

まだ幼い子どもたちの寝顔を見つめながら、

思い悩んだりしたのだ。

ただただ自分の事を恥じて子供に申し訳ないと思っていた。

 

その一方、お金をいただいて霊視をしていた私は、

こんな考えを抱きながらセッションを続けていることに、

当然罪悪感を持っていた。

お客様は私を信頼してくださって申し込んでくださる。

でも私は、自分がマガイモノでニセモノなのではないかと悩み、

一方恥ずかしいという気持ちまで持っていたのだから。

申し訳ないと思わないほうがどうかしている。

 

もし、私に子供がいなかったら。

そうしたらこんな風に「社会の目」と

向かい合う事はなかったかもしれない。

または、主人がいて、専業主婦ですと名乗れたら、

そんな風に思い悩む事もなかったかもしれない。

 

幼い子供の頃、 

あの正月準備に竈で火の番をしていた頃の私は、

日々霊の姿や声におびえて暮らしていた。

そんな私を大人は誰も理解できなかったし、

変な子、頭のおかしい子供と、

笑い者にされることも度々だった。

その事が私の中でトラウマになっているのかもしれないし、

元々、自意識過剰なので、 子供時代の出来事とは無関係に、

自分の事に意識が集中しまくっていたのかもしれない。

なんにしろ、長い葛藤の年月の中で、

私はどんどん、迷い悩み続け、

そして今、こうして童乩の前に立っているのである。

本の中でだけみたその託宣を今、聴く時が来たのだ。

 

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※尪姨出乩の様子。

尪姨は主に台湾南部の平埔族の一支族である

西拉雅族の伝統的女巫のことをそう呼ぶ。

神仏ではなく死者の霊をその身に降ろすのが特徴。

正式には尪毉と書くが今は尪姨が一般的。

(画像) http://catalog.digitalarchives.tw/item/00/65/61/8c.html

 

 

唐突に童乩が私の頭に手を置いた。

 

(え?)

 

そのまま早口で童乩が何かをつぶやいている。

私のほうを向いているものの、

その目は私を見てはいない。

半分閉じ、半分白目のような目をしているのに、

奇妙につるんとした、

表情という表情のないような顔つきをしている。

まるで大声の独り言のようだった。

しかし、私の事を話している事はわかった。

いづれにせよ、言葉のわからぬ私には、

何を言われているのだかまったくわからない。

 

(なんだ?なんなんだ?)

 

横目で土産物屋の黄さんを見遣ると、

黄さんは、眉根に皺を寄せ、

私達と出会ってから今まで一度も見せたことがないような、

厳しい表情を見せている。

その顔を見た私は、瞬間掌がすうっと冷たくなる。

 

(ああ、何か良くない事を言われてるんだ)

 

そうとしか思えなかった。

 

「黄さん! どうしたのですか!?」

 

ああ、やっぱり、私は詐欺者だと断罪されたのだ。

 

どうしよう、どうしたらいいのだろう。

私を信じてくださった皆さんに、どうしたら、

この罪を償えるのだろう。

 

ああ、どうしたら・・・どうしたら・・・・。

 

一瞬のうちに頭の中を

思いが駆け巡っていく。

 

ああ、どうしたら・・・。

 

あれだけ断罪されたがっていたのに、

いざ、それが目の前に来ると、

こんなにも心が震え、わなわなするものなのか。

 

「ハヌルさん」

 

覚悟の時が来た。

 

 

 

「あなたの頭には神様がいます。」

 

(・・・・?)

 

一瞬わけがわからなかった。

 

 

「あなたは神様の仕事をする人なのです」

 

 

重々しい黄さんの声とは裏腹に、

私はぽかんと口をあけて、

ただ黄さんの顔をみつめるばかりだった。

 

 

 

《第八章へ続く》

 

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